※※写真をクリックいただくと伊勢丹の歴史概要をご覧頂けます。

伊勢丹の始まりは、1886年(明治19年)に小菅丹治が神田旅籠町に創業した「伊勢屋丹治呉服店」です。藤原時代の典雅崇高を基調とした「御守殿模様」など、時代の風潮をいち早くとらえ、「帯と模様の伊勢丹」という評判を一挙に高めました。
関東大震災後は新宿に本店を移し、本格的な百貨店への一歩を踏み出します。その後、1950年代には当時としては珍しかったティーンエイジャー向けの既製服の「ティーンエイジャーショップ」を開設。1960年代には、婦人既製服のサイズ体系の統一、日本で初の試みとなる「男の新館」オープンなど、新たなマーケットを創造しました。また、1994年から「解放区」、2006年からは次代を担うクリエイターに発表の場を提供する「Japan Next Generation in ISETAN」の開催など、人材とファッションの育成に貢献しています。伊勢丹は、創業以来「お客さま第一」の理念に基づき、様々な時代背景のなかで「創意と工夫」による新しい試みに挑戦してきました。
1886年11月 神田旅籠町に伊勢屋丹治呉服店を創業
1886年11月5日、小菅丹治が東京・神田明神下の旅籠町(現・東京千代田区外神田一丁目)に「伊勢屋丹治呉服店」を開業。店の間口は2間(3.6m)、その左右に呉服、雑品の倉庫があり、実弟の細田半三郎と店員2人でスタート。当時の神田旅籠町は、花柳界を間近に控えた商業発展地域であり、呉服店の立地としては申し分がありませんでした。「現金正札附懸値なし」を方針とし、投機的利益追求でなく正しい商道の実践を第一義としました。
1956年夏 ティーンエイジャーショップオープン
この当時の既製服には子供服と婦人服しかなく、13歳~17歳の年代層にふさわしい既製服はほとんど無い状態でした。伊勢丹では、アメリカの服飾業界ではこの年代層をティーンエイジャーと呼ぶことに着目し、1956年の夏休みに合わせて本館2階の売場でティーンエイジャー向けのテスト販売を開始。商品の開発が進むにつれ、ティーンエイジャーショップは伊勢丹の代表的売場のひとつとして定着しました。
1963年11月 既製服のサイズ体系統一
日本の既製服のサイズはS・M・Lが普通でしたが、服飾研究室を中心にアメリカの技術を吸収、日本人の体型にフィットする5・7・9・11・13・15号という号数体系をつくりました。さらに、アパレルメーカー、百貨店業界へ協力を求め、高島屋、西武百貨店が合意。1963年11月、サイズ統一に関する共同記者会見を都内ホテルで行ない、3社によるサイズ体系統一が「百貨店統一サイズ」になっていきました。
1968年9月 男の新館オープン
本店北側にあった新宿丸物の閉店にあたり、新館の建設を開始。新館のコンセプトは、三代丹治の発案で「男の新館」と決まりました。その背景には、男性がファッションに関心を持ち始め、新宿もヤングとファッションの街としての性格を強めていたことがあげられます。男のデパートは、日本はもちろん、アジアでも初の試みで評判となりました。
2003年9月 メンズ館リモデルオープン
「男の新館」が1968年に誕生して以来、35年ぶりの全館リモデルを行いました。新宿出店70周年を迎えるこの年、呼称も「男の新館」から「メンズ館」と改め、男のこだわりに加え、世界最高レベルのファッションにも力を入れての全館リモデル。こだわりを持つ男性のお客さまが自ら来店され、お買物を楽しんでいただける店を目指しました。
2008年9月3日 イセタンガール オープン
伊勢丹新宿店地下2階に10~20代の女性向けの新フロアとして「イセタンガール」がオープン。「イット・ガールのオシャレ発信地として、ガールズ達のリアルなライフスタイルをコーディネートする」コンセプトフロアとして話題となりました。若い女性に人気のブランドを集め、買い求めやすい価格帯のウエアやアクセサリー、ランジェリーやボディグッズ、ルーム雑貨まで幅広く取り扱い、若い女性とその母親にターゲットを絞り、親子でのお買い物を楽しんでいただけるフロアとしても注目されました。
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